昨年のことです。
某協会から、新宿区(東京都)に在住する外国人の子息に、日本語教育を兼ねながら学科補習をしてほしいと頼まれたことがありました。学年は中学3年生。国籍は中国、バングラディシュ、ネパール。
授業は日本語で行いますが、子どもたちの日本語はカタコト。コミュニケーションが充分に取れるレベルではありません。補完用語の英語も個人差が激しく、この状態で理数などの一般科目の授業を成立させるのは至難の業です。学校側が白旗を挙げ苦肉の策として、新宿区が区の予算で私のような部外者に声をかけ、学校の外で特別補習クラスを組んだようです。 30人のクラスに、3~4人のこのような外国人子息が入ってきたらどうなるか?担任の先生方のご苦労がよくわかりました。また、当の生徒たちの苦しみも理解できました。
しかし、これが現実です。
マスコミ情報(新聞)によれば、新宿区は東京23区の中で最も外国人の在住比率が高いところで、成人式(2026年1月のはたちのつどい)を例にとると、対象者4,286名のうち2,114名(49%)が外国人だとか!この事実に基づけば、小・中学校の1クラスに日本語力が充分でない子どもたちが3~4人いても何の不思議もありません。
この状態を放置して大丈夫でしょうか?
わたしは移民政策にもっと規制・工夫が必要だと思っています。人口が減る。労働人口が足りなくなる。だから、比較的人件費の安い外国人を入れる。この【短絡方程式】には反対です。
わたしはヨーロッパ(ドイツ、フランス、デンマーク、スエーデンなど)に友人をもっていますが,どの国も深刻な移民・難民問題を抱え、苦しんでいます。
時折連絡をとりあうのですが、10年ほど前から、愚痴ばかり聞くようになりました。
各国少しずつ事情が異なりますが、これはアブナイ!
このままでは日本も大変なことになる、と危惧する事例がたくさんあります。
先人の失敗を参考にする絶好のチャンスだと思いますが、残念ながらその気配があまり感じられません。
わたしは「多文化共生」というコトバは、要注意言語だと思っています。この聞き心地のよいコトバに、「人間平等」とかいった類のコトバが連結すると私の頭の中に赤ランプが点滅します。
かく言うわたしは『ELFえいごの寺子屋』を主宰する身であり、「これからは多文化共生の時代だ。世界共通語の英語(米語)をマスターしよう」と呼びかけている立場です。
「価値ある共生」を達成するためには、お互いが意見をもち、主張しあい、説得しあい、納得する「闘いのプロセス」が必要だということ。ことわざに言う
「郷に入れば郷に従え」(When in Rome, do as the Romans do)の「文化尊重意識」が必要だということ。そのためのコミュニケーションの手段である(えいご)が絶対に欠かせないと思っています。
この仕事をやってのけるのは、共生の時代に生きるひとりひとり・・・
日本の公衆便所は世界一きれいです。しかも、大半は無料です。
わたしは世界中たくさんの国を訪問してきましたが、日本に匹敵する国などありません。
時々思うのですが、ある種の政治家の発言は、きれいなトイレも汚いトイレも存在し、それを使いこなすのが文化共生だといっているように聞こえます。
そんな馬鹿な、冗談もいい加減にしろ!と、お叱りを受けるかもしれません。
しかし、わたしは断言します。
トイレの汚い国からやってきた移民がある%を超えた時点から、日本は「トイレの汚い国ベストテン」にランクインします。なぜなら、「トイレは文化」だからです。
これからひとりひとりが真剣に異国から来た人たちをどう受け入れて共存していくか、真剣に考えていくようになってほしいと思っています。
