今年もアメリカNY州公認のSummer Camp“ONYAHSA”(オニャサ)に参加しました。2014年以来、コロナ禍で中止になった2年間を除いて、毎夏の恒例行事になっています。
今年の参加者は男子3名、女子3名の計6名。最年少は小学4年生、最年長は中学3年生でした。
7月19日(日)成田発。ここで繰り広げられる旅立ち風景は『親離れ・子離れの儀式』でもあります。
2度、3度繰り返される「忘れもの点検」、ワクワク、ドキドキ、ソワソワ・・・期待と緊張が入り混じった情景を、わたしは背伸びしたり屈んだりしてiPhoneカメラに収めました。
3週間後、Campから帰ってきた子どもたちが、どのように『変化』しているか?乞うご期待です。
長いナガ~イ空の旅を終えて、NY州北西部にあるCampに着いたのは、ちょうど夕食時でした。子どもたちはさすがにバテバテ。明日から何がどうなるか?という緊張感も加わって、食欲もやや控えめ。『21日間の英語生活』は静かなディナーでスタートです。
Campは1週間単位で、プログラムされています。
Campといえば、アメリカも日本も似たりよったり。家族や仲間と出かけ、テントや車で寝たり、野外で食事を作り食べたり、釣りやハイキングで自然と戯れたり・・・非日常が売り物。
これに対し、YMCA Camp“ONYAHSA”は、「集団生活を通じて、子どもたちに社会性と自立心を育んでもらう」教育の場と定義されています。
さて、Campの最初の1週間。わたしはこれをあえて『サバイバル週間』と呼んでいます。
まず日本から参加した子どもたちの大多数が、コトバがまったく聞き取れずに、パニくります。何を言っているのかわからない。ショックを通り越して、絶望です。
各人それなりの準備をしてきました。中には留学経験がある両親から経験談を聞き、覚悟して参加した子もいます。それでもショック!
短絡的にいえば、予想と現実の大きなギャップに直面するのです。
「センセイ~だめだ~何いってるかわかんない~これじゃ、友だちなんかできないよ~」とベソをかく子が現われます。こんな時、わたしは悠然と「慣れれば大丈夫よ」といい放ちます。 外国語を習得した経験のある人は全員、「ネイティブのコトバが行き交う空間」に身を置くことの価値を知っています。「習うより慣れろ!」
今がその時です。
年齢、性格に応じて説明の仕方はいろいろ変わりますが、要は、みんなと一緒に好きなことを一生懸命やろう。男の子、女の子、年上、年下・・・スポーツ、歌、芝居、アート、冒険・・・みんな英語でやる。こんな贅沢、Campだけ。
幸いなことに、わたしのポケットの中には過去のいろいろな処方箋が入っています。
そういえば、今年のCampには、このCampの卒業生である2名の日本人大学生が運営スタッフとして参加していました。
A君は日本の大学1年生。小学校4年の時にキャンプに参加して人生が変わりました。その後高校生の時に10カ月間カナダ留学をして今では英語バッチリ。B君は別の地元カレッジの1年生。彼は9月入学の新入生で、最近までELF寺子屋で留学の準備をしていました。
無論ボランティアですが、アメリカ人スタッフと一緒に子どもたちのお世話をしたり、プログラム実施のお手伝いをしたり。仕事に入る前に1週間の「安全管理に関する研修」を受けたそうです。
流ちょうに英語を話して周りの人気者になっているお兄さんたちを見て、「スゴイ、スゴイ」の連発。
子どもたちに、「自分もやらなきゃ」「自分もきっとやれる」と勇気と自信を与えたようです。
こうしてサバイバルの1週間を終え、最初の週末を迎えます。
週末は日本人グループだけで単独行動がとれる、いわば「ガス抜きタイム」。
今回も全員でCampの外に出て、ショッピングモールをぶらぶら。フードセンターで各人好きなランチを食べた後、店を回って買い物アレコレ。夕方にはトランポリンパークというテーマパークに行って汗を流しました。
終日子どもたちの面倒を見てくれたのは地元の2人の青年です。彼らは数年前、地元の大学に在籍していた時、インターンシップ・プログラムという授業の一環で来日、4か月滞在しました。その折お世話をした縁で知り合ったのです。以来彼らはすっかり「日本大好き人間」になり、毎夏Campに参加する子どもたちの面倒を見てくれます。車の送迎、ガイドはもちろん、一緒に遊んだり食べたり。 etc etc・・・すでに地元の企業に勤務するビジネスマンなのに、感謝、感謝です。
少しエネルギーチャージできた子どもたちの様子を見ていると、どうやら全員サバイバルできそうな感じ。
ホッとしました。

続く第2週は、個人差が出る週間です。いつも後ろの方に立っていた引っ込み思案の子が、いつの間にか前にいる。場合によっては中心にいる。こんなことが起こるのです
コトバの問題をのりこえながら、日に日に元気を取り戻してきた子どもたちは、次に習慣・文化の違いに直面します。
「先生、先生、xxちゃんがやさしそうなの背の高い子から告白されちゃった。いいね~ほかの仲間はみんな応援気しているよ。」
あまりにオープンなやり方にとまどうと同時に、本人はどこか嬉しさを隠せません。
「ハ、ハ、ハ、ハ・・・日本のオンナの子は、モテモテネ!!」と笑い飛ばしておきました。
もちろんネガティブも続々。同室の子の食事のマナーがひどい。夜遅くまでぺちゃくちゃぺちゃくちゃうるさくて眠れないなど、不満は毎年恒例です。
しかし、よほどの緊急問題でない限り、わたしは事務所側にレポートしません。これは10年ほど前にわたしとCamp DirectorのDr. Jon O’ Brianが決めた約束に基づきます。
些細なことでも、体験して初めてわかることがあります。わたしとJonは、3週間のCamp生活の中で、日本の子どもたちがコトバの違いや習慣・文化の違いを実体験し、それに慣れ、乗り越えてもらいたいと願いました。
Campでは5~7名が1チームになり、それに2名のカウンセラー(お世話役)がついて、ひとつのキャビンに寝泊まりします。ただし、ひとつのキャビンに日本人は基本的に2名まで。
大食堂での食事では、自然にわたしのテーブル周りに日本人が集まります。日本語でぺちゃくちゃ、これは大切な「息抜きタイム」です。しかし、これも程々に、というのが暗黙のルール。あまり長くなると、キャビン・コンサルタントがのぞきに来て仲間のところへ連れて帰るという具合・・・
あれもこれも、英語で苦戦する日本の子どもたちへの配慮から生まれたアイデアです。
しかしながら子供たちがキャンプ生活に慣れてくるについれて2週間、3週間めは私のテーブルでの息抜き待機時間が少しずつ少なくなってきます。中には自分たちのテーブルに慣れて全く来なくなった子供もいました。これは自然現象ととらえて私はひそかにニッコリ。‘そうそう、その調子で楽しんでね!‘
いつの日か国際人になって、地球規模で活躍する・・・そんな日本人に成長。その時「スタートは”ONYAHSAS”だ」と思い出してもらいたい。そんな軽口夢バナシをJonとした思い出があります。
そうして、こうして・・・仕上げの週にはいります。悔いのないように沢山楽しんでね!と子供たちに念をおします。
週末土曜日の「修了式」も無事終わり、記念写真を撮りあっている子どもたち。どの顔も「やり遂げた感いっぱい」の笑顔でした。


さあ、ご褒美のナイアガラの滝観光を終えて、目指すはTokyo!